「美しい物語」

「物の影と物の形と、みんな砕けたり集まったり、ひろがったり融けあったり、そして融けあったかと思うとすぐまた縮んで元の姿に戻る。輪郭は日光を縁どりした夏雲の峰のようにぼかされ、そこから水銀色の焔がふき出る。私の通った川はみなそうだった。
 いま私の見た物語もこうだった。水中の青空の上にすべての事物が入り乱れて一篇をなし、絶えず動き絶えず拡がるので、この物語の結末を見ることはできない。」(魯迅「美しい物語」、『野草』より、竹内好訳、ちくま文庫