牧野省三

義太夫の母から義太夫節浄瑠璃)を習い覚えた牧野省三は、それを声高に語りながら役者に演技をつけたといいます*1。例えば『本能寺合戦』では、
「程なく近付く鋲乗物。数多(あまた)の武士が前後をかこい」…ほらほら、そこで武士、駕籠に近づく、ええな…「築地御門に兒(かき)すゆれば。かくと知らせに森の蘭丸」…蘭丸、璃徳さっさと出んか!*2
映画監督マキノ省三の演技指導、それは「クチだて」とよばれる。文章で書かれたシナリオは使わない。
省三の頭の中に完成しているシーンを、省三が読み上げて役者に伝え、指導する。だから「クチだて」。*3
モンテイロは撮影時に音楽を流し、音楽に合わせて役者に台詞を語らせ、デュラスは、まず役者に彼女が書いた台詞を朗読させ、撮影時にその朗読の録音を流し、それに合わせて役者に演技をさせたといいます。そうすることで両者とも、それぞれの仕方で、台詞のもつ言語的リズムに対して役者が意識的になることを求めています。省三の「クチだて」という演出法は、サイレント映画とはいえ、義太夫節のリズムが映画のリズムを規定するという点で、台詞の音楽性を重視する現代映画の傾向に通じるものがあるように思います。マキノ雅弘の映画で台詞の掛け合いから生じる独特のリズムが「マキノ節」と呼ばれ大きな魅力となっているのは、省三の義太夫節の「クチだて」による演出リズムを雅弘がみずから血肉化し、「スジ」の重要な一要素として継承しているからなのでしょう。

*1:『オイッチニーのサン 「日本映画の父」マキノ省三ものがたり』、高野澄著、PHP研究所、204頁。

*2:204頁。

*3:214頁。