cinema before cinema

ゴダールが19世紀の産物と言う映画、その誕生を準備した文化・思想状況から生まれた映画的思考とは何か、その萌芽はどこまで遡れるのかを考えてみたい気がします。まだ生まれない映画の夢。それは、人間が機械と自分を接続することを覚えた時、機械に自分を代替させることを思いついた時、あるいは逆に自分を機械に擬することで機械に適応することを学んだ時から始まったのでしょう。例えば望遠鏡を覗くこと。ドイツ・ロマン派の作家E.T.A.ホフマンの小説『砂男』の主人公ナターナエルは、砂男から買った望遠鏡を覗き見ることをとおして自動人形オリンピアに恋をします。ナターナエルとオリンピアが踊るぎこちないダンスは、チャップリンの『犬の生活』のダンスシーンを連想させます。破壊され眼を刳り貫かれ砂男によって運び去られるオリンピアと、砂男に眼を奪われる恐怖を子供時代の心傷としてもつナターナエルとは、フロイトが言うように互いの分身にほかなりません。フロイトが『無気味なもの』でこの作品を取り上げ、反復とは何か考えているのは、フロイト精神分析が映画と同時に誕生したことと無関係ではないと思います。
ナターナエルにとって自動人形を砂男と共同製作していた父を反復するスパランツァーニ教授は、オリンピアの眼は「おまえの眼玉だ」とナターナエルに言います。子供の頃、砂男によって自動人形のように人体を調べられたナターナエルは、いつの間にか砂男に眼を奪われており、その代わりに与えられた望遠鏡で覗くと、それまで死んでいるようだったオリンピアの眼が、愛に溢れて見つめ返しているように見えます。こうしてナターナエルとオリンピアは、レンズをとおした眼差しによって結ばれ恋に落ちます。しかし、望遠鏡を買ったおり、砂男がテーブルに並べた眼鏡が無数の眼として彼を見つめていたように、このオリンピアの眼も、やがて破壊され床に転がってナターナエルをじっと睨む眼差しとなります。奪われた自分の眼が、逆に自分を見つめ返す。この見ることと、見られることの逆転は、ルドンの眼球を経て、遠くモンテイロの映画を予見していると言えるでしょうか?
ベンヤミンアウラを、「ある遠さが一回的に現れているもの」*1と定義していますが、望遠鏡はこの遠さを奪うものです。ジャン・ルノワールの『素晴らしき放浪者』や山中貞雄の『丹下左膳余話 百万両の壷』は言うまでもなく、アイリス・イン、アイリス・アウトという技法からも、映画と望遠鏡の血縁関係は明らかです。ベンヤミンは、対象との距離を保つ画家に対して、対象の組織構造に侵入する映画のカメラマンを外科医に喩えています。ホフマンが、レンズを眼球という外科医的イメージと結びつけているところにも、映画的思考の萌芽が見られるでしょう。


「映画によるリアリティの表現の方が現代人にとって(絵画より)比較にならないほど重要であるのは、(…)機械から解放された現実の相を、映画表現がまさに現実に機械装置を徹底的に浸透させることによって与えてくれるからなのである。」*2

*1:ちくま学芸文庫ベンヤミン・コレクション1

*2: