『イッツ・オール・トゥルー』

オーソン・ウェルズの未完の企画『イッツ・オール・トゥルー』中の「いかだの四人」のエピソードは、ブラジルの貧しい漁村から四人の男が社会保障を求めてリオ・デジャネイロまで航海するいかだの帆となる白布にまずサン・ペドロという船名が書き込まれるシーンに始まり、そこから村人の共同の手作業によっていかだが作られてゆく過程が映されます。やはり手仕事によって結ばれた共同体を描くエリセの『ライフライン』において、赤ん坊の命が危険となると全員が手仕事を中断してその回りに集うように、ここでも漁に出たサン・ペドロ号が転覆するや、周囲のいかだからみなが一斉に海に飛び込み救助に向かいます。名前を書き入れられることで人格化される帆は、その名のとおり民衆の石のように堅固な意志を具現するものとして、やがて孤高の白い点となって海原を進んでゆきます。長い航海のあいだに垢にまみれながらも海水をかけられ陽光に照るこの帆は、漁で死んだ若い花婿の葬儀で出航の決意を固める民衆のやはり石のような顔のクローズアップに匹敵するひとつの相貌をもつことになります。サン・ペドロ号だけでなくここでは一緒に海に浮かぶ幾つもの白い帆のひとつひとつがみな人格化された相貌をもつということ、見る者はまるでそれが映画のスクリーンであるかのようにその帆に民衆のクローズアップされた顔を見ることができるということ、すなわち、白い帆がそのまま民衆の顔になるというベラ・バラージュの言う映画の観相学的な力がここには示されていようです。