オン・ザ・ロード

 『死者たち(ロス・ムエルトス)』で注目されたアルゼンチンのリザンドロ・アロンソの『リヴァプール』(2007)は、巨大コンテナ船の船員の航海中の作業と日常の記録から始まり、そのクルーの一人である主人公が、おそらく南極近くであろう雪に蔽われた極寒の港に降り立ち、赤いカバンをぶら下げて長く帰らなかった山奥の故郷を目指すロードムービーです。そこに見られるのは主人公が通り過ぎてゆく寒々とした風景の連続であり、彼が故郷にたどり着き、もはや自分の息子を認知できない病気の母と知能障害の娘に会っても、この家族の過去についてはほとんど何も明かされることなく、北半球で買った土産を娘に渡した主人公が再び去ると、映画は彼の物語から離れて村一軒の食堂に集う人々の顔、製材所で働く村人たちの作業、娘の世話をしながら森に生きる老人の日常をゆっくりと映し出して終わります。
 ラリュー兄弟の『この世の終わりの日々』(2008)もまた、マチュー・アマルリックが国境の町ビアリッツを出発して、核戦争の拡大とともに至る所死体の山が積まれてゆくスペイン・バスク地方を死を振り切るように走り抜け、有名なパンプローナ牛追い祭りでは疾走する牛と群集を記録し、パリ崩壊後フランスの新首都となったトゥルーズではマヌエル・デ・ファラのオペラを観劇し、最後に無人と化した夜のパリにたどり着いて幻の恋人とともに裸で走り回る爽快なロードムービーです。
 フロドンが、「レネの『LES HERBES FOLLES』とともに久々にフランスに現れたこの上なく美しいアイデアのコメディー」と評するフィリップ・フェルナンデスの『風景の軽度の揺れ』(2008)は、アキテーヌ地方の小学校を舞台に、校庭に捨てられた粗大ごみでロケットを組み立て宇宙飛行を夢見る二人の小学生と、改造車で毎日田舎道を疾走するスピード狂の体育教師、ターナー風の風景画からアクションペインティングへと進化する哲学教師、カオス理論の実験に熱中する理科教師、テレビのサンドストームで宇宙人と交信してるらしい用務員が織り成す淡々とした日常が、やはりロードムービー的な不思議な浮遊感を生み出しています。