トーメ『哲学者』

『タロット』ではリューディガー・フォークラー演じるオットーの「川は流れる」と言う台詞に沿って映画が進行していましたが、『哲学者』の主人公ゲオルク・ヘルメスは「万物は流転する」と語ったヘラクレイトスを研究する哲学者です。ある日、『叡知への愛』という著書を刊行した彼の前に、古代ギリシャの三女神(運命の女神モイライ)の化身と思われる女性たちが現れ、彼を愛の世界へ引き込んでゆきます。彼が自作の朗読会で、思考とは時間のただ中にあって時間から距離を取ることだと語るシーンで突然音が消され、三女性を正面から捉えた固定ショットが持続することで、彼女たちもまた時間の流れの中で時間から切り離された存在であることが暗示されます。ゲオルクが恋をするフランツィスカは水が好きで、彼女が見つけた窓から水の見える運河沿いの家に三女性は住んでいます。泳げないゲオルクがボートから落ちて溺れかけたところをフランツィスカに助けられるように、ゲオルクは三女性の愛の世界に困惑し高熱を出しながらも、最後には水の流れに身を委ねるように三女性に囲まれてベッドに横たわり、彼女たちに引かれるまま漂ってゆきます。というのもゲオルク・ヘルメスは、女神たちによって選ばれた神の使者(=ヘルメス)ですから。ヴァンゼー湖畔でのディオニュソス的ダンスによって古代ギリシャ的な明るい官能性が表現されて映画は終わります。『紅い太陽』の男たちを次々と殺害する三女性が、美と残虐性の女神だとしたら、ここでは男に恩寵をもたらす女神たちのもう一つの顔が描かれています。