凧あげ

季節はずれの空に
凧をあげる
回る糸繰り車
往来する艀
版画に刻まれ
失効する遠近法
河は彎曲し
北へ向かう


石の重み
規則正しく引かれた
線から線へ
さまよう時の
朱色に塗られた
平面に耐え


市場の喧騒
荷を運ぶ労夫と
戯れる女たち
岩壁沿いに走る列車
巨大なアーチを
風に抗い
渡る人影


氾濫する河が
すべてを洗い流すとき
ぼくらは小舟に乗り
また凧をあげる
水に映える光に眩暈し
糸の響きに耳を澄ます


空のスクリーンを
横切る小舟の
さざ波に震える
一筋の航跡が
ぼくらに伝える
その距離を
糸繰り車で
測りながら

儀式

朝になるとぼくは
町家の狭い階段を上り
映画を撮る
洗濯物を干すきみの
横顔を重ね
壁に張られた紐の
カーヴを記録する
切り取られたフレームの
均質な時間が
ぼくらの儀式を
浸してゆく


引越しの朝
積まれてゆく段ボールの間で
きみはやはり
洗濯物を干す
ぼくは階段に三脚を据え
キャメラを覗く
名前を消し
日付を消し
高く積まれる
段ボールに埋もれ
遅延するトラックを
待ちつづける


空の段ボールを数え
食べ残しのカレーの味を確かめ
室外機の横に置かれた
錆びた自転車を
終わりのない儀式の
証人として
揺れるバスタオルの影を
きみの横顔に繋ぎ
町屋の片隅で
映画を撮る


誰もいない部屋の
ゆくあてのない段ボール
継承される儀式の
朝の洗濯物
繰り返される風景を
空っぽの闇に宿し
キャメラもなく
三脚もなく
崩れかけた白壁に向かい
湿気に耐え
待ちつづける


やがて幕があがり
誰のものでもない朝が
映しだされるのを

お化け

海に浮かぶ小島
墓場の宿に
お化けと泊まる


桜が散る夜
お化けはいつも
そこにいて
ぼくらの記憶を
おかしくする


毎朝
ぼくらは船出する
桜の木の下に
お化けを残して
きみは空ばかり撮っている
虚ろに響くガイドの声
波の飛沫に霞む
赤い灯台


お化けと過ごした夜を思う
きみとぼくの間で
笑っていた
やさしい不在
いまもぼくらを待っている
あの島でも この島でも
繰り返される
旅の終わりに
たどりつくのは
同じ場所


桜の木の下で
待っている
きみの撮ったビデオに映る
お化けの泣き顔
空にはためく
白いスクリーン


明滅する灯台の向こうに
沈む夕日を
大きな瞳で
見つめている

広場

絵葉書のような広場
夜ごと聞こえる
声に導かれ


石の欄干で
たわむれる影
河を渡り
ぼくらは名前を
交換する


水面に映る
きみの瞳
北をめざす
小さな小舟


待つものと
待たれるもの
絵葉書に刻まれた
幼い記憶に
耳を澄まして

アプラクサス

アプラクサスは待っている
夕暮れの広場のベンチで
通勤ラッシュのホームで
雪の公園で
息をひそめて


赤いちいさな自転車で
川辺を走るアプラクサ
だれも聞かない
きれぎれの歌
繰り返すフレーズが
水音のよう


土手に寝転び待っていた
赤いちいさな自転車と
夜明けの記憶のアプラクサ


いつもどこかで
見つめている
不在の空に吹く風が
揺らす木々のざわめきのよう
捨てられた自転車の
錆びた車輪の軋みのよう


菜の花畑のアプラクサ
ピアノを弾いて
きれぎれの
赤いちいさな自転車の
やさしい記憶


息をひそめて
ぼくらを見つめる
アプラクサ
だれもいない発表会を
夜明けの空に
待ちながら

始発列車

よあけに、
あるく、こぶち
ふちのべ、テンポ
ただしく、地図を
なぞり、歩幅を
はかり、無機質な
均整、始発列車に
留守電の、声
見しらぬ、きみの
こぶち、ぼくの
ふちのべ、けしきを
待つ、朝の
不在を、きき
ながら、きき
なが、き、ら
きらら