唐十郎の中原論

唐十郎中原中也についてこう言っています。
「彼のあの物腰をつくったものこそ、決定的に、彼を見つめていたものだ。彼を見つめていたあの悲しみのオブジェをさえ見つめていたものがそれだ。それは、街である。」*1
「私たちに見えるものは、詩の中に現れた中原の影法師であり、それは中原の現在形であり、怨恨の虹であり、それを透かしてゆれ動く中原の色白な肉体が、まるで中原の世界の大過去のように存在し、影法師の大きさに比例して遠くなったり近くなったりするだけだ。
そして、その詩という世界の影法師が、視ている我らの網膜の壁に、くっきりと映る光源はどこにあるかといえば、影の大過去である中原の色白の肉体が発光するのではない。
そのまた向こうに、中原自身が意識しているものの眼こそが、光源である。その眼差しとの葛藤が、中原をしてこちらの壁に、影法師を現出させた創造上の現在だから。しかし、私たちには、それを伺い見ることしか出来ない。また、中原を視ていたそのものの眼差しもまた私たちの眼差しを伺い見るということしか出来ないだろう。」*2
詩という「中原の影法師」の「現在形」があり、その影法師を生み出す「大過去」としての「中原の色白の肉体」がある。だが、その影法師を「我らの網膜」のスクリーンに映し出す光源である「中原を視ていたそのものの眼差し」、「彼を見つめていたあの悲しみのオブジェをさえ見つめていた」「街」は、われわれとじかに眼差しを交わすことはなく、ただ互いの眼差しを「伺い見ること」における「葛藤」をとおして、「肉体」の「影法師」=分身をスクリーン上に現出させると言われます。「街」とは、「変貌の自由を孕んだ不可解な物と物の衝突する響き」がやって来る領域であり、「あの母の汚れた前かけの染みをさえ、はじき飛ばしてしまう最も現在的な張本人」であり、そこに「転がるものに囲まれ」、「ものに見られすぎたので、人間さえもものの支配下に動く定まった形相にしか見え」なくなった中原の「病みつきの背かっこう」*3に、唐は演劇的身体の特権性を見るのです。

*1:特権的肉体論』、白水社、1997、11頁

*2:同、14頁

*3:同、19頁