ラウル・ルイス

ピエール・クロソフスキーは、パリ亡命中のベンヤミンとともに『複製技術時代の芸術』を仏訳し、戦後はフランスにおけるニーチェ受容(とくにドゥルーズ)にとって翻訳と理論の両面で重要な役割を果たしたけれど、ピノチェト政権下のチリから亡命してパリに落ち着いたラウル・ルイスが、フランス語での長編作品の製作をこのクロソフスキーの小説『中断された召命』の映画化からはじめ、その次の『盗まれた絵画についての仮説』でもクロソフスキーの協力を得て、連作絵画のなす円環にニーチェ永劫回帰の思想を重ねて表現したことは、ルイスのラテンアメリカ的世界がもともとニーチェ的思考にきわめて近かったことを示していると思えます。ドゥルーズボルヘスニーチェロブ=グリエといった名前を挙げながら、「偽なるものの力能が真なるものの形態にとってかわり、その地位を奪うのだ。なぜなら、偽なるものの力能は、共不可能的な様々な現在の同時性、あるいは必然的に真でない様々な過去の共存を主張するからだ。結晶的な描写はすでに現実的なものと想像的なものとの識別不可能性に達していたが、偽る説話はそれに呼応しつつ、さらに一歩を踏み出して、現在に対しては説明不可能な様々な差異をつきつけ、過去に対しては真偽の間で決定不可能な様々な選択肢をつきつける」と語る「説話の新しい規定」*1は、的確にルイス作品の特徴を言い当てています。ロブ=グリエはもちろん『見出された時』にも出演し、ルイスと親しい関係にあるけれど、ボルヘスと多くの作品を共同執筆しているアルゼンチン作家アドルフォ・ビオイ・カザレスをいち早くフランスで紹介した人物でもあり、そのために『去年マリエンバードで』はカザレスの影響を受けているのではないかとリヴェットから言われるほどに彼は<ラテン系>です(ロブ=グリエはこの影響関係を否定して、むしろ、アルゼンチン出身映画作家エドゥアルド・デ・グレゴリオが脚本に加わったリヴェットの『セリーヌとジュリーは船で行く』にこそカザレスの影響が見られると言い返しています)*2。リュック・ムレがルイスの『盲目の梟』を論じて、「『盲目の梟』は、ボルヘス、コルタザール(アントニオーニ『欲望』の原作者、ゴダールの『ウィークエンド』にも影響)、ビオイ・カザレスや他の幾人かを読んでいたら、もっと容易に理解しうるだろう。さらに、登場人物を二人の役者を使うことで二重化した初めての人物は、メキシコ風の映画作家、『欲望の曖昧な対象』のブニュエルであり、そのすぐ後にはもうひとつのリヴェット=デ・グレゴリオ共同作品『メリー・ゴーランド』が続いている――今日の映画の重要な刷新は、ラテンアメリカから来るのだ。」*3と言うのもうなずけます。カルデロン風のバロック演劇の伝統が、夢と現実の境界が失効し、時間が逆流して反復するニーチェ永劫回帰の様相をラテンアメリカの文学・映画に刻んでいるのでしょうか?(ガルシア・マルケスの『悪しき時刻』を映画化したポルトガルブラジル映画作家ルイ・グエラの『夜明けの毒気』も忘れがたい)。しばしばシュールレアリスム的な装飾の過剰さゆえに息苦しくなるルイス作品ですけれど、三十年ぶりにチリで撮られた連作『コフラランデス*4 では、ドキュメンタリー的な風景の記録をとおして「チリとは何か」「チリ人であるとは何か」が探求され、特にパートⅡでは、歴史上の王侯・貴族の肖像画、街で出会う人々のスナップショット的クローズアップ、さらに古びた天然色ブロマイドの女性像へと連なる顔へのこだわりが、ワイマール時代のベルリンを撮った『日曜日の人々』を想起させ、映画の原点に戻ったかのような瑞々しさに溢れています。『チリからクロソフスキーへ』と題されたインタヴューでルイスは、「私は演出の際に偶然に委ねる余地を残しておくが、それは自発性とかのためではなく、むしろ逆に偶然をとおして機械的に作動しているものが現れるためだ」と述べていますが、それは『見出された時』や『クリムト』のような大作よりも、このような低予算のドキュメンタリー作品においてこそより明確に見ることができるように思います。


ラウル・ルイスの『Miotte vu par Ruiz』上映と赤坂大輔氏の講演会が同志社大学であるらしいです↓
2007/05/12(土)
15:00〜『Miotte vu par Ruiz』上映
上映後、赤坂大輔氏による講演「ドキュメンタリスト?ラウル・ルイス
会場:同志社大学今出川校地寒梅館クローバーホール(入場無料)
http://www.ncncine.com/infoncncine2.html
すごい企画ですね〜』

*1:ドゥルーズ、『シネマ2』、182-183頁

*2:赤坂大輔、「速さと非決定性」参照、http://www.ncncine.com/spacencnc.html

*3:赤坂大輔、「ムレ、Miotte vu par Raul Ruiz」参照、http://www.ncncine.com/smbillmio.html

*4:赤坂大輔、「Speech〜Act/Speed」参照、http://www.ncncine.com/speechncncine.html