船出

真夜中の桟橋から 船出する 乗船名簿に ぼくらの名を 書きしるして 水のように 繰り返される名前 不在のまま名指され 誰でもない者として 待ちつづける 船室の窓から 波間に浮かぶブイを眺めていた 見知らぬ乗客たちと 薄明の港をめざして 日を数え 物語を数…

ルジアダス

深夜のバスで 国境を越える 乗客たちは 灼けた肌を寄せ 慣れた往還を まどろむ ぼくらは 疲労に身をゆだね 河から河へ ルジアダスの夢をたどる 蛇行する山道 岩肌に生える木々 やせた大地と 無辺の広がりのあいだを 揺られてゆく 見知らぬ言葉の響きに 耳を…

ツールドフランス

きみと自転車で 夜の街を走る 雪に吹かれ 橋をわたる 回転する車軸がうたう コマ送りのリズム 雪に刻まれるシュプール 風は北極星をめぐり 川辺の草に灯をともす ツールドフランス 地球の自転に耳を澄まし 肩を並べ 地図を消し 記憶を消し 走りつづける 白い…

氷河と湖

氷河は流れて湖となった その緩慢なな時間を踏み ぼくらは斜面をくだる とどまろうとする意志までの 距離を測り 流れる果てで ぼくらを迎える 静かな部屋 広場の喧騒をさざ波のように聞き 鏡に映るしぐさを確かめあい 二つの記憶のあいだを 往還する 雪の寝…

阿武隈川

阿武隈川の小石を拾いあつめて 夏休みの宿題にする 失踪した男たちの記憶 夜更けまで聞こえる碁石の音 水を求めても声がでず 揺れる天井の木目に 見つめられていた 昼でも起きないものはなに? もてあます時間を なぞなぞでつぶし 医院までの道を 往復する …

ケルン

歩き疲れて 堆積する風景を降りてゆく 絵葉書のような時刻に耳を澄ます 走り去る艀 スナップ写真を撮る人々 草を暖める陽光 白い要塞の壁から 響く歌声 ゆっくりと確かめて 反復するフレーズを口ずさむ 川を辿り 石の街へ 繰り返し同じ風景を過ぎ 壁に凭れ …

風景

艀が刻む時間に耳を澄まし 揺られてゆく 岸壁を走る列車 青い灯火 いくつもの坂を登り いくつもの路地を抜け 同じ風景をくりかえす 流れに耳を澄まし ぼくらは規則正しく揺られてゆく

クラリモンド

(...) 待つことを忘れ 白い記憶のなかで遊ぶ ちいさなクラリモンド 泣いたり 笑ったり おおいそがしだ きみがかえらないとき クラリモンドと 歌をうたおう だれが ぼくとかくれたの だれが ぼくをみつけたの だれが ぼくとうたったの 草の匂いのする歌を

甘小ニ

『塵より出ずる』(2007)で日本でも話題になった中国のブレッソン、甘小ニ(ガン・シャオアル)の新作『在期待之中』(Waiting for God, 2012)、http://www.mask9.com/node/71425

Rousseau, ”keep in touch”

Jean-Claude Rousseau, "keep in touch" (1987) A man sitting at a table begins to write maybe a letter to "keep in touch" with someone. He makes the table lamp flicker as if he gave a signal to the one who is absent. In this short film as we…

日本人の歴史感覚

「日本社会は技術的な近代化がはやすぎるんだと思います。国民的実感は、技術的な近代化に適応してゆくのに大童ですから、生活についての歴史感覚がどうしても短い目盛りになってしまう。だから、東洋的な永遠の相の哲学が入ってこない、国民の実感のなかに…

煙と灰

「煙は立ち昇っていくわ、風をとらえ、軽やかになり崇高になっていく。灰はー落ちる、力なく、疲れ、いっそう物質的になり、その語を風化させてしまう。」(デリダ、『火ここになき灰』、梅木達郎訳) ナウシカから紅の豚を経て風立ちぬまで、宮崎駿は煙草の煙…

エリセ『割れたガラス』

オムニバス映画『ポルトガル、ここに誕生す』に収められたビクトル・エリセの新作『割れたガラス』は、ジャ・ジャンクーの『四川のうた』を反復しながら、顔を見せ、語りを聞かせるだけで映画は成立することを示した素晴らしい作品です。「事物はそこにある…

石原吉郎

石原吉郎、「フェルナンデス」 名づけること、名を与えること、たとえば「寺院の壁の しずかな/くぼみ」を〈フェルナンデス〉と。「ひとりの男が壁にもたれ/あたたかなくぼみを/のこして去った」、「ある日やさしく壁にもたれ/男は口を 閉じて去った」、…

風立ちぬ

宮崎駿の『風立ちぬ』を見て、久しぶりにヴァレリーの「海辺の墓地」を読み返してみた。 生と死、存在と不在が均衡を保つ正午の降り注ぐ陽光で構成される「海、海、たえず繰り返し始まる海」、「閉ざされ、聖別され、火種のない火に充たされ、地上の断片が光…

石原吉郎

「ねむらねばならぬ 主体を喪失するために 喪失する主体をその瞬間にもつために その瞬間に一挙にもつために 瞬間の喪失のための瞬間の獲得 私が恒等式そのものとなるとき はじめて私は眠りに堕ちる その瞬間を瞬間としてもつために 眠る ひとつの意志で ね…

灰と煙

「灰と煙にはどんな違いがあるのかしら?一見すると煙の方が、なんの痕跡も残さずに消え失せてしまうようだけど、煙は立ち昇っていくわ、風をとらえ、軽やかになり崇高になっていく。灰はー落ちる、力なく、疲れ、いっそう物質的になり、その語を風化させて…

『閉ざされた谷』

『閉ざされた谷』においてジャン=クロード・ルソーは、ルクレチウス同様、世界を原子の運動として表象しようとします。地球という巨大な原子の自転、公転が引き起こす昼と夜、春夏秋冬の推移は、原子の運動の円環性と反復性を指示し、それは回転する水車、…

ブランショ

ブランショによるルイ=ルネ・デ・フォレ論 「夜の夢の中に子供の姿が繰り返し立ち現れる。あるときは、紫苑と薔薇のあいだで微笑みながら、≪その恩寵の充溢する光の中に≫立って、またあるときは、宙にろうそくをかかげながら、自分が消え去るのを見られない…

椎名麟三

花田清輝が賞賛していた椎名麟三の戯曲『自由の彼方で』 「みじんの狂いもない同じ生活をもう一度生きる」こと、「ほんとうにくだらない」生ではなく、コピーとして(仮象として)反復されるくだらなさを繰り返し生きることが、死への抵抗としての神の愛や。 …

「美しい物語」

「物の影と物の形と、みんな砕けたり集まったり、ひろがったり融けあったり、そして融けあったかと思うとすぐまた縮んで元の姿に戻る。輪郭は日光を縁どりした夏雲の峰のようにぼかされ、そこから水銀色の焔がふき出る。私の通った川はみなそうだった。 いま…

『ABCアフリカ』

キアロスタミの『ABCアフリカ』は、ジャン・ルーシュの『ジャガー』や『僕は黒人 』に匹敵する傑作だね。

アレゴリーとしての記念品

「17世紀のアレゴリーの鍵となる形象は屍体である。19世紀のアレゴリーの鍵となる形象は〈記念品〉である。〈記念品〉は、商品が蒐集対象へと変質するときの典型的パターンである。〈万物照応〉は事実としては、あらゆる記念品が他の記念品への無限に多様な…

ベンヤミンの弁証法

「(…)形象とは、その中でかつてあったものがこの今と閃光のような一瞬に出会い、ひとつの布置を形成するもの。換言すれば、形象は静止状態の弁証法である。なぜならば、現在が過去に対して持つ関係は純粋に時間的・連続的なものであるが、かつてあったもの…

ストローブの社会主義

「今日に至るまであらゆる社会主義の試みは、人々に向かって犠牲を払わねばならない、諦めねばならないと言ってきた、今日ではもっとひどくて、もし幸福になりたければ、飲み水もきれいな空気も、余暇も静寂も諦めねばならない、そうすれば最高に素晴らしい…

ストローブのネストラー論

「われわれが作る映画の問題点は、知的であることではなく、あまりに単純であることだ。それらは感覚的だ。そのあらゆる瞬間が意味しているのは、光と運動を見てくれ、音に耳を傾けてくれということだ。」(ストローブ=ユイレ、ネストラー『時の擁護』より…

『早すぎる、遅すぎる』

「ストローブは特赦でフランスへ帰ることができました――彼は亡命生活のおかげで、イタリア(私たちはドイツで階級闘争を学び、イタリアでは見ることを学びました)とエジプト(つまりアフリカ大陸、いまなお農耕文化である)に滞在して、自分自身の国を発見しま…

モンテイロの手紙

ジョアン・セーザル・モンテイロのフランスでの初のレトロスペクティヴの際に、ジャック・デニエルの「なぜ映画を撮るのか?」という質問にモンテイロがフランス語で答えた手紙。(Trafic 50, 2004) 「秋の日のヴィオロンのため息の… 1991年9月8日、リスボ…

ミュンヘン時代のストローブ

「しかし、また別の若い映画が存在する、ジョージ・モース、ヴァルド・クリストル、ペーター・ネストラー、ルドルフ・トーメ、マックス・ツィールマン、クラウス・レムケの映画である(ここに別の名前が近いうちに加わることを希望している)。みんなまった…

トーメのホン・サンス論

ベルリンのアルゼナル映画館でのホン・サンス・レトロスペクティヴのために書かれたルドルフ・トーメのホン・サンス論 「ホン・サンス 血液中の焼酎 50年近く前に、私が映画を撮り始めた時、ジャン=リュック・ゴダールの映画があった。ゴダールが語りから取…